2016年08月27日

No.1735 平成28年度 第3回 益田木村塾 人生向上セミナー開催

8月23日19時から益田市駅前ビルEAGA3階大ホールで益田木村塾が開かれた。
今年3回目の「人生向上セミナー」のスピーカーは、
福井県あわら市に本社を置くファーストトレード(株)代表取締役の三上良平さん。

益田市と同じ日本海の地方都市でインターネットを使ったグローバルビジネスに挑み、
資本金100万円の会社をわずか6年で驚異的な自己資本を持つ優良企業にした。
「地方だから、資金がないから、知識がないから、経験がないから」
三上さんの話を聞けば、そんな言い訳は通用しないと分かる。

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1977年福井県生まれの39歳。高校卒業後、クルマの整備を皮切りに、トラック運転手、メガネ職人、ホテルマンなど職を転々。
「どの仕事も楽しかったがすぐ飽きた。バイトも含めると転職は15回ぐらい」
というから半端じゃない。
しかし、結婚して妻子を抱え、お金の必要に迫られた。

31歳で再び長距離トラックドライバーに。貯蓄や資産運用の勉強を始める傍ら、
起業を視野に入れて「運転手をしながらできるビジネスを」と始めたのが、
中国から品物を輸入してネットオークションで販売するビジネス。
始めてみると、それなりに稼げた。
副業から本業へとシフト。1年後にドライバーを辞めて起業したが
間に頼んだ輸入代行業者がズサンでトラブルが続出した。
そこに目を付けた三上さんは「自分が代行業者になればビジネスになる」と閃いた。

しかし、中国語も英語も苦手。そこで、中国人のビジネスパートナーを探そうと
同業者の集まるネットの掲示板に「日本語で」求人募集。
これがよかった。
言葉だけでなく日本に精通する有能な現地のパートナーが見つかり、提携した。
現在、中国では上海の近くの郊外都市に現地法人を設立、スタッフ50〜60を抱える。
2013年から新たに以前から興味のあったオリジナル・メンズバッグの企画製造に着手。
バングラディシュでの製造に続き、イタリア・フィレンツェで買い付けた商品も販売する。
さらにバングラディシュのマングローブでソフトシェルクラブ(蟹)の養殖事業も始めた。

一方、経営で大事なのは売上ではなく、自己資本。
強いBS(バランスシート)をつくる「BS経営」を忠実に実践する三上さん。
資本金100万円でスタートした同社は、2年目に自己資本1,000万円を達成。
これを弾みに急伸し、4年目で自己資本1億円を超えた。
私もこれまで何千社もの決算書を見たが、こんな勢いのある会社は初めてだ。

三上さんはBS経営のメリットを次のように話す。
「金融機関の信用がついて資金調達が簡単になること。そして、いい人財が集まること」
現在、同社の財務を担当する幹部社員は取引先銀行からの転職者だ。

三上さんは4年後10期のBSビジョンとして次のように話す。
「年収1,000万円の社員を3人育てて自己資本10億円に」。
さらに「20歳の頃に憧れたハワイのワイキキビーチにクレープ屋を開くことと、11年後
50歳の時には貧困に苦しむバングラディシュの子供たちを支援する街をつくりたい」と。
テイク&テイクだった人生が、ギブ&ギブの人生に変わりつつある。

いい学校を出て、会社に勤めて安定した生活をする人生も結構。
しかし、人口の5パーセントぐらいの割合で起業家が誕生しないと国は亡ぶ。
起業家とは、カタチを変え、飯の種をつくる人だ。

私には3つの原点がある。
父の死と、長男であったということ、そしてこの日本に生まれたということ。
このどれが欠けても今の私はなかった。
「飯が食えない」というピンチが起業家の道を拓き、日本というステージが私を育てた。
起業家になりたい人が極端に少ない日本は、チャンスがいっぱいだ。
経営とは「人・カネ・もの」という社会資源を活かして、それを10倍にも100倍にもすること。
特に日本はお金が余っている。
銀行ではこのお金を使って儲けてくれる借り手を探している。
BSは経営者の通知簿。
自己資本を厚くしていいBSを持てば資金調達が容易になり、事業は好循環になる。

人間は2つのタイプがある。「やる人」と「やらない人」。
やる人は、まず動く。
やる人は、やれる方法を考えるが、やらない人は、できない理屈を並べ立てる。
三上さんができたのは「やる人」だったことだ。
このチャレンジ精神とビッグなBSビジョンが人を巻き込み、
強いBSが信用となってさらに資金を呼び込んだ。

仕事のステージが世界に広がっても、同社の本社は あわら市のまま。
いま、三上さんは趣味のサーフィンができる神奈川県の湘南に住み、
あわら市と上海とダッカやフィレンツェを往来しながら仕事をする。
都会も地方も関係ない。インターネットを介せば、そんな生活ができるのだ。

三上さんが特別なわけではない。
誰でもやったらできる。みんな、できる。

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投稿者 Katsuo : 02:19

2016年08月22日

No.1734 木村塾やってみよう会8月度例会@

8月9日、大阪市北区の手品家梅田店にて第91回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「わが人生を語る」発表者は、東大阪市に本社を置く株式会社ダイコー製作所
代表取締役 沢井弘志さん。

アルミダイカスト・亜鉛ダイカストの二次加工を専門とする会社。
自動車や航空機の部品、医療部品など様々な分野を下支えしている。
2015年には新事業として株式会社ジェイポートインターナショナルを設立。
ベトナム人エンジニア採用コンサルチング事業や、インバウンド集客支援を始めた。

1971年大阪府出身。しかし生まれたのは福岡県。お母さんの実家だ。
「ここで祖母、母と三代続けて同じ産婆さんに取り上げてもらいました」という。
「実は3人兄弟で、4つ上の兄との間にもう一人兄がいたのですが、死産でした。
それで母は大事を取って九州の産婆さんに託したそうです。私が無事産声を上げることができたのも、その兄のお陰かなと。兄の分もがんばって生きていこうと思います」。
こんな誕生のエピソードから始まった沢井さんの人生。

「人生で逢うべき人には必ず逢える」。
沢井さんはこんなテーマを掲げた。

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高校1年生の時にはお父さんを亡くした。交通事故だった。44歳の若すぎる死。
以来、4歳年上のお兄さんが父親代わりになった。
生活費の足しに、高校時代は、北新地の珍味屋さんでアルバイトをした。
社長から任され、会計から営業、配達までほとんど一人でやった。
このときの体験が、沢井さんを起業の道へと駆り立てた。

卒業後、一部上場のシャッター会社に就職したが、指示待ちの仕事は性に合わず1年で退社。
その後、一足先に勤めていたお兄さんの紹介で同じ会社に入社。
ここで、チャンスが訪れた。
社長に腕を見込まれ「独立してやってみないか」と声がかかったのだ。
「当時はただ、お金が欲しいという気持ちだけ。私利私欲の塊でした」。

社長から引き継いだ東大阪にある30坪の場所で「3人のおばちゃん」とスタートした。
1995年、ダイコー製作所創業。沢井さん23歳だった。
しかし、時代は企業の海外進出で製造業が空洞化。
「仕事がない、おばちゃんの給料が払えない」。

そんな中、人とのつながりで仕事が入り、創立2年目で社員10名に。
さらに人脈の広がりから広い工場に移転。
小学校時代の幼馴染が会社に入ってくれるなどして、事業はどんどん拡大していった。
32歳の時には一冊の本「お金持ち父さん、貧乏父さん」の影響を受けて、
収益マンションを購入。
「稼いだお金は俺のもの、お金を散財していた」と振り返る。

一方、苦い経験もある。
良く分からないまま中国人を使っていたところ
「不法就労」でその半数以上が強制退去させられることに。
次の人を採用するまで待てるような仕事ではなく、最大のピンチ。
「中国に帰国する飛行機代がない彼らに、お金を空港まで持って行ってのですが、
会社に帰る道中、自分は今まで何をしてきたんだろうと涙が止まりませんでした」。

2006年、個人事業から法人化。株式会社ダイコー製作所を設立。
しかし2期目にリーマンショック。「天国と地獄の繰り返し」だった。
そのころから経営者仲間の導きで日創研に通い始めた。
当時、南大阪経営研究会の担当委員長をされていた沢井さんに私が会ったのもこの頃だ。
「強い会社を創りたい、と本気で思った」という。

現在、ダイコーは第10期。
30坪、スタッフ3人からスタートした会社は3拠点、スタッフ50人になった。
「おばちゃんたちは60歳を過ぎた人から円満退社。昨年最後のおばちゃんは、
67歳で『会社も大きくなって安心やし、私はそろそろゆっくりさせてもらうわ』と」。
感謝で止めどなく涙が流れた。

「一人で大きくしたのではない。全ては皆様のお陰。名前の『志』という字のように
十人(たくさんの人)と心を一つにしてビジョンに向かっていきたい。
いつか皆さんに恩返しのできる会社に」
沢井さんは、そう語る。

一方、「ダブルインカム」にも積極的な沢井さん。
昨年設立した、ジェイポートインターナショナルは、
ダイコーの工場のあるベトナムに対するエンジニア派遣やビジネス支援、
訪日中国人のインバウンド戦略の支援(WEBマーケティング)や越境EC(通販サイト)を行う。

最後に、ダイコー製作所の5年後と、⒑年後のBSビジョンを宣言された。
同時にジェイポートインターナショナルは⒑年後「一部上場」を目指す。

今年5月、沢井さんは44歳で天国に行ったお父さんの歳を一つ越えた。
「父の無念を心に刻み、父の分も頑張って生きていこうと思います」。力強く語った。

「やってみなわからん」マインドに満ちた沢井さんは、まさに起業家だ。
私も60年間の起業家人生で、30以上の事業を始めたが、そのうち残っているのは4つ。
ユニクロの創業者、柳井さんは「1勝9敗」と言ったが、この1勝が9敗を制して余りある。
成功したらお金が儲かる。
失敗したら経験が儲かる。
何もやらないのが一番大損だ。

なお、8月15日は私の76歳の誕生日。少し早いが前夜祭ということで
皆さんから大きなバースディケーキをプレゼントしていただいた。
ありがたき幸せ。これからは『光輝』高齢者として健康に留意し、
感謝の心を忘れずプラチナの人生を目指して日々を送っていきたい。

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投稿者 Katsuo : 00:38

2016年08月09日

No.1733 大阪木村塾BS経営セミナー 8月度開催

8月2日 大阪市北区にある手品家梅田店で大阪木村塾BS経営セミナーを開催。
ケーススタディとしてY'sLinks代表取締役の米澤忍さんをお迎えし、
「ピンチはチャンス! スマレボで日本を元気に」と題してお話しいただいた。
波乱の人生はまさに「ジェットコースター」だ。

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米澤さんは1967年大阪府生まれ。幼い頃に両親が離婚。
「女性が幸な人生を送るには教師になるか大企業に勤める男性と結婚すること」
という母親の価値観の元に育てられた。
脳裏には「いつも苦しそうな顔をして3時間睡眠で働いていた」母の姿が焼き付いている。

体育科のある高校を卒業後、大手スポーツメーカーに勤めた。
趣味のバイクをきっかけにレースクィーンのバイトを経て、モデル業界に転身。
バブル期で仕事も多く20歳でベンツを乗りまわしていた。
ジェットコースター人生は加速度を付けて上り続けた。

21歳の時、29歳の実業家と「玉の輿結婚」。専業主婦になり2児に恵まれた。
ところが、億単位の夫の負債が発覚。幸せの絶頂から急降下の人生が始まる。
借金取りが押し寄せる家の中で、時給200円のアクセサリー造りの内職をしながら
「生産性のない自分は価値のない人間だ」と悔し涙を流した。

33歳で離婚。「父親のいる家庭よりも稼ぎたい」と
「年収1,000万円稼げる仕事」を見つけて飛び込んだ。
内容は工場に特化した人材派遣の飛び込み営業。やったことはなかったが
米澤さんは必死で食らいつき、3年後には目標を超えて年収1300万円になった。

独立採算にしてピーク時は年間5億円を売上げたが、会社と考えが合わなくなり仕事を降りた。
次にトライしたのは出版社の広告営業。給料は3分の1になったが、営業の仕事が楽しかった。
その後、リーマンショックがありグループ会社の人材派遣の会社に転籍したのを機に独立。
「人との出会いがあって自分に合った仕事に巡り合えたら、こんなにも力を発揮できた。
女性が輝いて働ける、そんなステージを作りたい」と2013年4月にY'sLinksを設立した。

女性営業プロデューサーとして力を発揮する中、不動産デベロッパーのオーナーからの依頼で
赤字だった系列のホテル経営に乗り出したのが2014年3月。
ホテル経営など、やったこともなかったが、
「人ができることなら自分にもできる」が米澤さんのポリシー。
しかし、引継いだ直後スタッフのほとんどが辞めるなど予想もしない困難が次々と押し寄せた。
「怒涛のような引継ぎ劇」を経て、それでも1カ月後には新体制で臨んだ。
3カ月間ホテルに住み込み、7月の朝礼で「必ず利益を出します」と宣言。膝が震えた。
そして、その月の終わりから赤字だったホテルは黒字化した。
「円安とインバウンド需要、ビアガーデン効果という不思議な力に導かれた」という。

以前にも何度か、ゲストスピーカーとしてこの木村塾に登壇された米澤さん。
ここまでの話は聞かれた方もあるかと思うが、今回さらに続編がある。
ホテル経営から丸2年。
見事にホテル再建というミッションを果たした米澤さんに、新たな逆境が訪れた。
今年3月、ホテルのオーナーが賃貸契約を更新しないことを決定したという。
理由は「黒字化」。軌道に乗ったホテルを今後は自分たちで経営するというのだ。
「悔しくて残念です。今、まさにピンチの中です。
ジェットコースターはまたもや下りになりましたが、今度は前のようにどん底に落ちません。
それはホテル経営ができるということが分かったからです。次にできることを探します」
爽やかな表情で力強く語る。

今後は人財教育の分野で、独自に開発した「笑顔で革命を起こす」研修プログラム
『スマレボ(スマート・レボリューション)』を企業研修の新基準として
全国に広めていきたいとビジョンを語る。
と同時にY'sLinksの数字を入れたBSビジョン目標として
「2026年、社員10名・自己資本1億円」を表明した。

社員10名なら1人当たりの自己資本は1,000万円。
家庭でいえば、1人1,000万円の貯金があるということだ。
強い会社は売上でも、従業員数でも店舗数でもない。
「一人当たり」という自己資本の物差しをもつことが、
小さくでも強くていい会社をつくる究極の方策となる。

成功すればおカネが儲かる。失敗しても経験が儲かる。
何にもしないのが大損だ。
米澤さんのジェットコースター人生は、まさにそのことを立証している。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 逆境こそが人間を強くし、やる気を引き出すものと改めて感じました。自己資本を一人当たり1,000万円稼げる人財を育てる重要性が今回分かりました。
・ 「やってみにないと分からない。やったことしか残らない」「会社も世の中も活かすのは人」「ピンチに沢山あったほうがラッキー」「数字が言葉をつくる」心に残った言葉です。
・ 私は自分が経験してみるのが好きでチャレンジ精神があるといいつつ、心の中では失敗することを常に心配していました。しかし、まずはやってみないと次のステップには進めないと感じました。
・ 「やってみな分からん」という木村会長の言葉が強く響いた。「まず言葉にしてからこそ、そこへ行くプロセスが見える」。今後の人生で忘れられないアドバイスになりました。
・ 米澤さんのジェットコースター人生に刺激を受けた。「いつまでにやる」という公約をされていたのが素晴らしい。私も頑張ろうと思いました。
・ 久しぶりにお会いした米澤さん。以前と変わらぬ表情で、ホテルも順調に経営されていると思っていましたがビックリの内容でした。米澤さんこそ、松下幸之助のいう「素直な人」だと思います。順境に素直に伸びる人。逆境に素直に生きる人。どちらも同じ強さと正しさと聡明さを持つ。まさにそんな方でした。
・ 日本人は変化を嫌うが、変化に対応することが成功の秘訣だと分かった。ピンチの時ほど成長するチャンスですね。
・ 米澤さんはとてもエネルギッシュで素直。生きていくために行動するという所が木村会長と似ていると思う。私ももっと厳しい環境に置き行動していこうと思いました。
・ 赤字のホテルで「再建してみせます」と言い切ったこと、凄い。本当に言い切ると責任感が出て以後気、それが結果につながる。本当の意味で生きている人間は、やはり様々な苦労や経験をしているのだと思いました。
・ 本気になればできないことはない! 覚悟を決めれば良い流れが生まれる! ピンチが訪れても諦めなければ向上していくことができる! 今私は大ピンチ!! 挫けないためにパワーのあるひとの話を聴き、ピンチをチャンスにして行けるよう踏ん張ります。
・ 米澤さんの「越える」チカラがすごい。聞いているこちらが元気になりました。
・ 「目標があれば実現します」は吸引力法則です。起業家になります。
・ 自分はまだ何も世界に貢献していないと痛感しました。木村会長の『人・もの・カネ』の活かし方の切り口は目からウロコでした。

投稿者 Katsuo : 08:35

2016年08月05日

No.1732 木村塾やってみよう会7月度例会A

7月26日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第90回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「わが人生を語る」発表者は、有限会社エム・カンパニー常務取締役、白川尚範さん。
同社は大阪南港を物流拠点として畜肉商品に特化した「畜産物流」で急伸する。
7月のBS経営セミナーでゲストとしてご登壇いただいた松木克浩さんの会社だ。
白川さんは松木社長と理念とビジョンを共有し、ビジョン実現のための戦略を考えて実行する。

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大阪生まれの在日コリアン。幼少期は「つらい思い出しかない」という。
虚弱体質で八尾市の生家は「貧乏、ボロボロの長屋暮らし」。
民族学校に通っていたため地域の同年代の子どもたちからいつも除け者にされた。
転機は和泉市への引越し。
ここで出会った3人の友が、白川さんを生来の「明るいイタズラ小僧」に変えた。

しかし、学校では勉強嫌いで成績はどん底。
中学時代はサッカー部に入ったが、サッカー強豪校にあって「万年補欠」だった。
あきらめが早く努力もせず、ゲームセンターに入り浸った。
その一面、勉強を除くと「何でも卒なくこなす」天分を開花させた。
高校時代にはクラブメンバーというだけで在日コリアンの国体選手にばれたこともある。

高校卒業後、バイトの延長で中華料理店に就職した。
職場でも器用さを発揮して鍋振りやスタッフのとりまとめを任されたが
先輩の反感を買って衝突し1年で辞めた。
再就職先を探すも「育ちの悪い金髪」を雇ってくれるところはどこにもなかった。

9社目に受けたのが、創業3年のエム・カンパニー。
車両台数ゼロ、社員もわずか2人という運送代行会社。面接は松木社長の自宅だった。
「生い立ちも見ためも全然関係ない。うちはやる気のある人間が欲しいんや!」
松木社長のこの言葉に感動。即採用となった白川さんの心に火が付いた。

以降の同社は躍進著しい。車両台数が増えるにつれて白川さんの業務も激増した。
あまりの忙しさに退職を申し出た。しかし、専務に説得されて残留を決意。
その後も何度か「辞めたい症候群」が噴出した。
2度目は、ハードワークと研修の辛さから。「クギ師になりたい」を辞める理由にした。
3度目は、管理職昇格というプレッシャーから。今度は「おでん屋になりたい」。
しかし、その直後、社内で会社の存続が危ぶまれるような不祥事が起こる。
「社長や専務が一番苦しいときに辞めるわけにはいかない」と留まった。
「辞めたくなる時は、逆境に遭遇したとき。いつも言い訳を考えていた自分がいた」
と省みる。

その後の白川さんの成長はめざましい。
人財研修に力を入れる同社で、社長と同じく日創研や木村塾で経営の勉強を続け、
昨年には常務取締役に昇進、次期社長として後継者に指名された。
同社の経営基盤は最強になり、今年度は「自己資本1億円」を突破する。

壇上では「30期 自己資本3億円」を掲げ、このBSビジョンを叶える戦略として
インターネットを活用した食肉販売「エムカン牧場」や
外食産業「エムカン一人焼肉」の展開などユニークなビジネスプランを発表。
合わせて「65歳までに貯金を1億円貯めて嫁と世界の好きなところを旅行します」と
自身の人生ビジョンも宣言した。

「自分の言葉に嘘はつけない。退路を絶つ覚悟で発表しました」と白川さん。
白川さんの人望だろう。満員の会場にはエム・カンパニーの社員さんを始め
取引先企業の方々や、奥さんと子どもさん、冒頭の話しに出てきた親友の姿も。
ここで宣言したビジョンがプレッシャーとなり、白川さんの行動を変え、
描いた以上に素晴らしい未来を手にするに違いない。

会場では松木社長の「社長にとって一番必要なものは?」との質問に「決断力」と即答。
「私は幹部として1を10にする自信があるが、ゼロを1にするのが経営者。
しかし、これほど難しいものはない。これからはそれを目指します」と
次期社長としての資質を見せつけた。

私も在日コリアンとして生まれ、白川さんとは比較にならないほどの極貧生活を送ったが、
いじめられとか不幸だったという思いを抱いたことがない。
転居を繰り返して、友だちをつくる暇もなければ人と比較するということがなかった。
そのお蔭かもしれない。
逆境ほど人を鍛え、強くするものはない。

私の原点は3つある。14歳で迎えた父の死、5人兄弟姉妹の長男であったということ、
そして日本というステージを与えられたということ。
その一つでも欠けたら今の私はない。
日本にはビジネに不可欠の「人・もの・カネ・情報」という経営資源が溢れている。
この国では安定志向が強く、リスクを負ってまで起業家にはなりたがらないが、
起業家になる人が少ないことを含めて、これほどビジネスチャンスに恵まれた国はない。

あれこれ理屈を並べ立てる前にやったらいい。
成功したらおカネが儲かる。失敗しても経験が儲かる。
10年後の白川さんに期待したい。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 数字がいかに大切かということを教わった。「成功したらお金が儲かる。失敗しても経験が儲かる」という木村会長の指摘に自信が湧いてきました。
・ 白川さんが言われた「幹部の年収1,000万円」の定義について。「幹部は年収1,000万円にふさわしい利益を出せ」ではなく「ふさわしい利益を出す仕組みを創り出せ」。そんな発想が社員想い、仲間想いだと思いました。
・ 「勇気と信念と感謝」。今日の白川さんの話からこの言葉が浮かびました。
・ 「辞めたくなる理由はすべて逆境にぶつかっている時」。立場が上がると多くの逆境(プレッシャー・人材育成・責任)が大きくなる。素晴らしく楽しい講演でした。
・ 会社を辞めたい症候群の話しの中で「辞める言い訳を考えていた」という言葉に共感した部分がありました。人生も経営も「気付きと決断(選択)」の連続だと思う。
・ 「有言」することで、さらに「実行」を「覚悟された」と感じました。ゼロをカタチにして素晴らしい経営者になってください。
・ 要所要所に社員さんに対してメッセージを伝え、自身の想いも語っている。白川さんの人柄の良さが感じられる素敵な「我が人生を語る」でした。
・ 白川さんの人望に感心しました。数々の壁を乗り越えたところに勇気をもらいました。
・ 経営ビジョンの持ち方、理念の浸透のさせ方など経営者として大変勉強になりました。
・ 白川さんの「謙虚に上を目指す」姿が非常に良かった。私も見習います。
・ 私は社員なのでお金のことに関しては正直ピンとこなかった。そして、この考えがダメだと気付きました。
・ 「辞めたい症候群」が何度も訪れたというエピソード。自分も何度も経験があるので共感すると同時に、今こうして学び続けて築き上げてきた状況を本当に素晴らしいと思いました。私も見習います。
・ 白川さんの「ゼロを1にする」という言葉に打たれた。学びは嘘をつかない。白川さんの話しを聞いて改めて思いました。
・ 人との出会いが人生を変える。諦めずに継続することが自分の価値の気付き、前向きに生きる一歩になると思った。
・ 同じ経営幹部、創業者のビジョンや想いを継ぐものとして聞かせていただきました。日ごろから会社の方針や強みをよく知り、実際の計画を実行している率先者として周りから信頼を得ている姿が浮かびました。2022年の白川社長の新ビジョンが楽しみです。

投稿者 Katsuo : 00:30

2016年08月02日

No.1731 木村塾やってみよう会7月度例会@

7月12日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第89回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の発表者は、プライベートエステサロンFLORA代表の藤平仙花さん。

「よく血液型はB型に見られますが、実はÅ型なんです」と、はにかむ。
中国出身。2004年に来日して12年。日本国籍を取得し、エステサロンを経営する傍ら、
貿易会社の設立に向けて奔走する。
中国語、日本語のみならず英語、韓国語にも堪能。
好きな言葉は「人生は誰と出会うかで決まる」。

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1977生まれ。子供時代は寒冷で冬が長い吉林省青島市で過ごした。
3人兄弟の長女で妹と弟がいる。
家は貧しく我慢の連続だった。「大人になると我慢しなくなると思っていた」という。
高校卒業後、日本語を学びたいと長春市にある吉林大学で日本語を専攻した。

入学時のエピソードがある。
「実は推薦枠が狭く先生から止めるように言われたのです。でも、諦めなかった。
するとミラクルが起こって合格した。ところが、学費が1万円足りない。
このときも知人からのお祝いが舞い込んで救われたのです」。
それが人生の転機となった。

卒業後、中国の大手旅行会社に就職。
旅行好きに加えて内向的な性格を直そうと選んだ仕事だった。
4年間働き、お金を貯めて憧れの日本で勉強するために来日した。27歳だった。
日本では1年間、日本語学校に通い大学院進学の準備をした。
その間、「自分はどんな人生を送りたいか」と自問自答を繰り返した。
結果的に進学を止めて就職。複数企業に勤めた。

しかし、日本での生活は順風満帆ではなかった。
2009年にはリーマンショックのあおりを受けて失業。家族の死・・・
失業を機に貿易の仕事と掛け持ちしながら2010年にホームエステサロンをスタートした。

思えば「妥協の連続だった」。
だから「もう絶対、妥協はしない」と決めた。「自分の証を残そう」と誓う。
今年に入り、これまでの経験と築いた人脈を活かして貿易会社設立した。
木村塾に通い始めたのも、この春だ。
「美容のフランチャイズ展開を海外に広めていきたい」と夢を語る。

「自分だけが儲かるのではなく、みんなを幸せにしていく」という未来ビジョンに合わせて
今年度と3年後、10年後の数字を入れたBSビジョンも発表した。

言葉は文化だ。
多言語を話し、多文化を知る藤平さんは複眼でものを視ることができる。
しかも勉強好きで行動的。まさに起業家に必要な条件を備えている。
ただ、足りなうものがあるとすれば、それは数字だ。
数値目標を入れたビジョンは言葉だけでなく公言すれば、具体的な戦略が生まれる。
そのためにも、もっともっと数字に対する理解が必要になる。

バランスシートは経営者の成績表。そして世界共通だ。
いいBSは世界に通用する経営者の証となる。
BS経営をしっかり学んで世界を舞台に活躍してほしい。

「朝は希望を、昼は努力を、夜は感謝を」
これは藤平さんが紹介した言葉だが、これはそのまま人生にも当てはまる。
まだ39歳。希望の真っ只中だ。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 海外へ進出するには、他国の文化を知る必要がある。そこで「毎年、新年のカウントダウンは別の国で迎えるようにしている」という藤平さん。すばらしい行動だと思いました。
・ 仙花さんのアグレシブさ、努力できる、努力しようとする姿勢は本当にすごい。努力の天才ですね。「What do you want?」私もこの精神を常に持って行動していこうと思いました。
・ 「妥協は二度としない」「朝は希望を、昼は努力を、夜は感謝を」。良い言葉です。
・ 仙花さんのバイタリティあふれる人生。若い人に聞かせてやりたい内容でした。「10年後のすばらしい私」をテーマに、2人1組で発表し合う開始前の3分間ダイアードや、最後の感想もよかった。
・ 「常に自分の目標を持つ」「出会いはチャンス」「朝は希望・昼は努力・夜は感謝」「自立と自律」「旅のテーマを持つ」。人生で大切なキーワードです。
・ 「朝は希望を、昼は努力を、夜は感謝を」という言葉は初耳で大変印象に残った。当り前のことを当たり前にしたり、日々を妥協せずハングリー精神をもって行動することで人は成長するのだと感じた。

投稿者 Katsuo : 00:59

2016年08月01日

No.1730 2016年7月度 実践目標の進捗報告

7月23日に写経が今年目標の4,500枚に達した。
予定よりも5カ月も前倒ししたことになる。
スタートから9年、「10年間で5,000枚目標」を掲げたのが2007年9月だから
この調子で行けば1年早くゴールできるだろう。

ちなみに、私は毎朝5時に起床し、洗面を済ませると仏間で座禅を行う。
蓮華座を組み、ゆっくり腹式呼吸をしたら胎の中から声を出して「般若心経」を唱える。
それから半眼で丹田に意識を集中させて今この瞬間に意識を向ける。
最後に「白隠禅師座禅和讃」を唱えて座禅は終了。
ここまでが30分。
それから机の前に座り、筆ペンで1時間かけて般若心経をしたためる。

何しろ脳味噌が足の裏についている私だ。考えるより前に行動している。
座禅や写経は、静止して考える習慣を身に付けたいという思いから始めたが、
お蔭さまで心が落ち着き、忍耐力や集中力が養われたように思う。
今ではこのリズムがすっかり身に付いた。
毎日、生まれ変わったかのように清々しい朝を迎えている。

きっかけは、ニューヨーク大菩薩禅堂金剛寺の嶋野栄道老師との出会いだった。
嶋野老師はアメリカに禅を広めたいという夢を抱いて40年前に単身渡米され、
一代で臨済禅の実践道場であるこの寺を開院された。いわば仏教界の起業家でもある。
私もニューヨークで禅修行をさせていただき、「鳳雲」というありがたい戒名を授かった。

それにしても飽きっぽい私が、よくぞここまで続けることができたと思う。
なぜできたのか。
それは、最初に数字目標を掲げたからだ。
一枚、また一枚・・・。
毎日、写経用紙の左下に書き込む数字が増えて、目標に近づくことが励みになった。
どんな大きな目標も日々の小さな積み重ね。
50センチほどの高さになった写経の束を眺めていると、つくづく思う。

次なる目標は5,000枚、いや、10,000枚。
そのとき私は85歳!
明日も元気に早起きしよう。

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☆では、私の7月度実践報告を

・減量、減塩、断酒
・万歩計 285/500万歩
・ヘルスケア、フロア階(3M換算)15,022/20,000階
・登山 8/20回

・読書 70/30冊
・英会話 42/50回
・写経 4,520/4,500枚(累計)

・大阪木村塾受講生 820/1800名

・益田市活性化への
「第一回マジックフェスティバル」
「デザイン思考講座」

投稿者 Katsuo : 00:56

2016年07月29日

No.1729 木村塾パワーアップセミナー「本気で生きるとは?」

7月19日 大阪市北区にある手品家梅田店で第1082回パワーアップセミナーを開催。
今回のテーマは「本気で生きるとは?」

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毎回思うが、ひとつのテーマに対してさまざまな捉え方があるものだ。

ある人は「自分との約束を守ること」だと言い
またある人は、他者との関係の中で「責任を果たすこと」だと言う。
他に「挑戦し、成長すること」
「生きるだけでなく、活きるということ」
「人生は有限と知り時間を大切にすること」など、それぞれの価値観や人生観が表れた。
自分の考えとは異なっても、じっくり人の話に耳を聴けると、
なるほどそんな考え方もあるものかと新しい発見がある。

私自身、本気という言葉に値するかどうかは分からないが
14歳で社会に出て、家族にメシを食わせるために一生懸命生きてきた。
いつ何時、何が起こるか分からない。
常にメシの種を探し、同時にいくつも動かした。

1年間は8,760時間。
時給1000円で寝ずに働いたとしたら876万円だ。
この額自体は決して少なくない数字だと思うが、寝ずに働いても、だ。
この時間をどういう風に使うのか。
どうすればそれが8,760万円になるのか。

経営とは「人・もの・カネ」という、世の中の資源をお借りして、それを活かすこと。
ビジネスに限らない。経営とは生きること。人は皆、自分という人生の経営者なのだから。

なんでも実践し、うまくいったら銭が儲かる。
うまくいかなくても経験が儲かる。
何もしないのが一番大損。
人生は一度切り。あれこれ考えるよりも何でもやってみたらいいと思う。
それが本気で生きるということにつながるのではないか。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 本気で生きるとは、「考える」だけでなく「行動を起こす」ことだと思った。
・ 参加者の皆さんがといも具体的な行動に照らし合わせて発表されていることが印象的だった。
・ 前に出たら頭の中が真っ白になり、人の顔を見て話すことができなかった。どうすれば、聞いている人に興味を持たせるか、話をまとめるのに苦労した。
・ このテーマをいただいて、自分はたまに気を抜いて過ごしていることがあると気付いた。自分の置かれた状況を考えると本気で生きていくことが大切であると改めて感じた。
・ めちゃくちゃ難しいテーマでした。難しいと思うことは、日ごろ考えていなかったということにも気づかされました。
・ プレゼンをするたびに反省ばかり。アウトプットすることで、できていない自分が明確に分かります。

投稿者 Katsuo : 09:37

2016年07月12日

No.1728 大阪木村塾BS経営セミナー 7月度開催

7月5日 大阪市北区にある手品家梅田店で大阪木村塾BS経営セミナーを開催。
BS経営のケーススタディとして
有限会社エム・カンパニー代表取締役の松木克浩さんをゲストにお迎えした。
堺市にある同社は1992年創業、翌年に設立。
大阪南港を物流拠点として畜肉商品に特化した「畜産物流」で急伸する。

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松木さんは1970年生まれの46歳。
高校卒業後、運送会社や不動産会社、工場を転々として21歳の時に起業した。
きっかけは「誰か大手食品会社の食肉を運ぶ人はおらんか?」という知人の声。
高校時代から「社長になって金持ちになる」と決めていた松木さんは、すかさず手を挙げた。

友達を引き込んで社員1人、代行運転で売上70万円からスタートした事業は、
試行錯誤しながらも拡大した。
原動力は「いい時計をして、いいところで飲みたい。大きな家に住みたいという欲望」。
4年目には精肉店を開業して失敗。
5年目には事業が認可制から許可制となり、資本調達に奔走。
それを機に自身はドライバーを辞めて営業活動に専念した。

売上が上がり従業員が増えると「私利私欲」はさらに強くなり毎夜、繁華街に繰り出した。
しかし、一方では資金繰りや人間関係、人財育成の問題にぶち当たった。

「すべての問題は自分の行動にある」。
気付かせてくれたのは10年目に入会した日創研での学びだ。
以来「物流を通じて社員・お客様に幸せを届ける」というエムカン理念を持つことに。
理念があれば行動が変わり、社員や荷主企業からの評価も変わった。

松木さんがBS経営を学ぶようになったのは、さらに10年後の2013年。
「数字を入れた夢ビジョン」を打ち出して公言すると、夢がカタチになり勢いが加速した。
「ビジョンを決めると、それを実現するためのアイデア(戦略)が生まれます。
しかも一つではなく無数に。もちろん、それに挑戦するのは壁もあるし
失敗もする。でも、失敗してもスキルがつくので最後には成功します」と話す。

その甲斐あって、今年度は3年前に打ち出した「自己資本1億円」を突破する。
計画していたエムカン物流センターも予定より早く実現した。

BS経営の威力はそれだけではない。
ビジョンを共有すると幹部が育ち、金融機関を味方に付けて資金調達が容易になる。

セミナーでは「30期 自己資本3億円、幹部社員の年収1,000万円」を掲げた。
そして、このBSビジョンを叶える戦略として
お客様の会社で余っている食材をWEB上で販売する「エムカン牧場」、
外食産業として「エムカン一人焼肉」の展開などビジネスプランが広がる。
さらに50期2043年には牛のテーマパーク「エムカン牧場」という長期的ビジョンも描く。

私もかつては「私利私欲」の塊だった。
決算書といえば損益計算書の売上高や利益にしか興味のない経営者。
それがバブルの崩壊を機に、自己資本の持つ意味と重要性に気付き
経営とは「公利公欲」であると気付いた。

では、公利公欲とは何だろう?
お客様や社員のために経営するといった道徳的、倫理的な精神論だけでは足りない。
経営とは「人・もの・金」という社会の経営資源を使って儲けさせてもらうことだ。
だから、儲かれば社会に還元する。
経営者であれば「税金を払う」か「雇用をつくる」か。
それが究極の公利公欲である。

松木さんは現在60名を超える社員さんを雇用するだけでなく
まもなく自己資本1億円のステージに立とうとしている。
それは、同じくらい税金を払って世の中に還元したという証でもある。
だからこそ、それが信用となり金融機関からの資金調達を容易にする。

今回、自ら「自分にチャンスを与える生き方をしなさい」というテーマを掲げ、
決算書を開示して事例発表された松木さん。
会場には社員さん6名のほか取引先の金融機関の方も同席された。
BSビジョンは、社員さんにとっては自社で働く自信と誇り、
金融機関をはじめ取引先の方にとっては信用と信頼につながるにちがいない。
エム・カンパニー50期に私は102歳! ぜひ、うれしい報告を聞きたいものだ。

BSビジョンは何度も公言してこそ実現する。
みなさんも、ぜひ、ビッグなBSビジョンを社員さんや取引先の関係者の方の前で公言してください。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 数字を乗せて話す、ビジョンを語るというのはこういうことなんだということが分かりました。組織づくりという部分でも学びがありました。
・ 夢・ビジョンを明確にすると戦略・やり方は無数に出てくる!! ビジョンを明確に、そしてどんどん公言します。
・ 「社長の仕事を3つ」という質問に「人を育てる・夢を創る・勉強する」。インパクトがありました。
・ 本日あらためて自分が考えるべきことと、行動しなければならないことが分かりました。松木社長のような数字に強い、勉強して夢を大きくもつ経営者になります。
・ BS経営とは大きい会社ではなく強い会社。そのためには自己資本を殖やす。明確なビジョンを持ち、公言する。そしてやり続けることが大切。
・ 「うまくいったらお金が儲かる・失敗したら経験が儲かる」会長の言葉が刺さりました。やはりビジョンは幹部や社員さんのイメージできる「カタチ」と財務の両方をしっかりつくっておかないといけないと実感できました。
・ 今から2年間独立しようと思っています。その決意を固めるために参加しました会長の話も松木さんの話も元気の素になりました。
・ 松木社長がすごく楽しく話している姿を見て、社員さんもワクワクすると思いました。
松木社長の「素直に学んだことを実践されている」のが今の結果だと思います。
・ 話を聞いて自分が抱えていた悩みの解決の糸口が見えた気がしました。「やはり自分もついている」と感じました。
・ 一つひとつビジョンを達成されていくエム・カンパニーの50周年が楽しみ。自分も出資できるように個人資産を貯めておきます!
・ BS経営に刺激を受けました。夢、ビジョン、心が膨らみました。続けて学んでいきたい。
・  松木社長を支えたのが白川常務だったというお話しを聞いて、私もわが社の社長にとって必要な社員になりたいと思いました。

投稿者 Katsuo : 02:03

2016年07月02日

No.1727 木村塾やってみよう会6月度例会A

6月28日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第89回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の発表者は潟_スキン川西 専務取締役 兼、
阪神クリーンサービス鰍フ代表取締役を務める名越卓さん。
経営理念に「喜びの交換で環境も人も心も美しく」を掲げ、
掃除用品のレンタルサービスや、事業所向け衛生管理業務を展開する。

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1979年生まれの37歳。
お祖母さんが昭和45年に創業したダスキンのフランチャイズ会社の3代目だ。
「祖母は苦労人で口減らしのために大阪に出て名越の家で育ったと聞いています。
ダスキンを創業したのは40歳の時。車がないのでリアカーを引き、汚れた雑巾を集めて
新しい雑巾と交換したそうです。雑巾を洗った対価に代えるのではない。
喜びと喜びの交換だ、と言ったことが創業の精神につながっています」と話す。
自身は「祖父の膝の上」で育った。一本気で優しく人に慕われる性格はお祖父さん譲りだ。

しかし、家では母親に甘えられず母親との確執に悩んだ。
「ほめられた体験がなかったんです。いくら勉強でいい成績を取っても
走りで1番になっても、もっとできるだろうと一度もほめてくれなかった」。
もっとも、20年来のこのモヤモヤは数年前に晴れた。
「私を後継ぎとして立派に育てなければならないという母なりの責任から出たものであることが
分かったのです。母と酒の席で一緒になった時に初めて聞くことができました」。

少年期はサッカーにのめりこみプロ選手を夢見た。
しかし、実力面で届かず高校時代に断念。「人生初の挫折」だった。

父親の助言もあり米国シアトルにある大学に進んだ。
留学中の武勇伝がある。
「シアトルは日本人も多い街。バイト先で日本人なら寿司を握れるだろうといわれて、
握ってみたら評判に。勢いでマリナーズ寿司やイチロー寿司もつくって稼ぎました (笑)」
5年後に帰国。東京にあるダイキンFC店に就職、営業職に就いた。
全国のダスキン加盟店でも売上トップ3に入る優良店舗。
そこで新規開拓のため1日70件の家庭を回ったことも。
異国の地やバードな営業で鍛えた精神力がいまの原動力になっている。

その後、川西に戻ったが、自社が「ちっぽけ」に思えた。「父もたいしたことはない」。
「あるものに気付かず、ないものねだり」と気付いたのは
日創研の起業家養成スクールに通ったのがきっかけだ。
現在、ダスキン川西は社員22名、パート43名、委託スタッフ120名。
専務として66歳の社長を支え、「社員がこの会社で働いてよかった、
子供もこの会社に入れたいと思ってもらえる会社」を目指す。

社内では、社員さんのモチベーションを上げるさまざまな取り組みを展開している。
月1回の勉強会の他、3か月毎に実施する「経営理念プレゼン大会」もその一つ。
全社員が経営理念をどのように実践しているかをプレゼンし、投票して入賞者を表彰する。
最初は勉強会を開いても人が集まらなかった。
何とか1人でもと考えた名越さんは、始業前の7時に出勤、場所を設けて
粘り強く参加を呼び掛けたところ次第に人が増え、それがプレゼン大会に繋がったという。

また、3年前から同じくダスキンのFC店、阪神クリーンサービスの社長に就任。
「FC店だから出来ないと決めつけていた事業も、常識とらわれずに挑戦したい。
インバウンドの増大でネットを活用した民泊が増加していますが、
それらを対象にした清掃サービス事業の展開を視野に入れています」。
木村塾で「BS経営」を学び始めた名越さんは力強く語る。

最後に45歳となる7年後の両社のBSビジョンを公言した。

「まだ何もチャレンジをしたこともない人生」と振り返る名越さんだが、
話を聞き終わった皆さんからは「留学時代も含めてすごいチャレンジャー」と
行動を称えるフィードバックが寄せられた。

ダイキンという企業は、FC創業者鈴木清一氏の創業者、鈴木清一氏の教えもあって
素晴らしい倫理的理念を掲げ、社会貢献を実践しておられる。
それは本当に素晴らしいことだ。
しかし、経営は右手に論語、左手にソロバン。
明治時代の偉大な起業家、渋沢栄一も言っている。

今後はそこに「BSの自己資本」という目標を付け加えて経営を実践していただきたい。
企業にとってBSは、過去から現在、未来の経営状況を測る通信簿。
そして自己資本は企業にとっての貯金だ。
何があっても揺るがない、盤石な経営基盤となる自己資本こそ「変化対応力」だ。
この神器を手にすれば社会的信用がますます高まり、さらにビッグチャレンジが可能になる。

「今回発表して胸をはってもいいんだと、自分に自信が持てた。
これからのチャレンジに対して勇気になります」と語った名越さん。
若いだけに真の起業家となり、高いステージに立たれることを期待している。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ お客様だけでなく社員の幸せも同時に叶えていく器のでかさ、男気を感じました。右手にモップ、左手にソロバンを持って達成してください。
・ 祖母様の言われた創業精神「喜びと喜びの交換。雑巾を洗った対価に代えるのではない」という言葉に感動しました。ご本人はチャレンジしなかったとおっしゃったけど、アメリカ留学、お寿司を握って売上を上げた話、就職先での1日70件の飛び込み営業、起業家養成コースに入られたことなど、37歳で素晴らしいチャレンジがあると思いました。
・ インバウンドの拡大を見据えてAirbnb (エアビーアンドビー)の部屋の掃除等、時代の変化に合ったサービスの提供をする。従来の枠組みにとらわれないことが大切だと気付かされました。
・ 名越さんの留学での経験や社員さんが喜ぶ経営ができているという時点ですごいなと思いました。
・ 経営理念のプレゼン大会の話がすばらしかった。自社でも取り入れます。地域貢献のお掃除教室、理念に基づいた会社のイベントとリンクして社員さんと経営陣の溝が全くありません。理念のプレゼン大会が功を奏しているのかと思います。
・ 経営者の家系に生まれた名越さんの話。生い立ちからビジョンまでとても分かりやすかった。皆さんの質問で様々なことが深堀されて勉強になりました。

投稿者 Katsuo : 00:49

2016年07月01日

No.1726 2016年6月度 実践目標の進捗報告

今年も半年が過ぎた。年々時間が過ぎるスピードを速く感じる。
皆さんの実践目標の進み具合はいかかでしょうか。

75歳になり「光輝高齢者」になると宣言した今年だったが
ドクターストップがかかり、登山とアスレチックトレーニングを中断している。
しかし、それ以外は順調に推移し、「読書」とヘルスケアの「フロア階」が好調だ。
とくに、登山とアスレチックの代わりに始めたフロア階は
毎日の「100フロア階」が習慣になってきた。
ちなみに100フロア階は階段を昇るが、「階段100段」ではないので念のため(笑)。
建物の高さ3メートルを1フロアとして、上った階段をフロア換算したものだ。

その成果も踏まえ、先月は年間目標を5,000階から1万階に、
さらに今月は2万階にと大幅に上方修正した。
おかげで体も馴染み、元気を回復している。

「光輝高齢者」はいくつになっても希望を胸に、生きる喜びをもって歩む人だ。
その人生を全うするためにも、いかに体調を管理するかが試されているように思う。
まさに「変化対応力」が求められる。

半年を過ぎて目標通りに進んでいない方も、諦めたり落ち込んだりすることはない。
思うように進んでいない方は今から頑張ればいい。
状況が変われば臨機応変に軌道修正すればいい。
そのためにもこまめに目標進捗をして、最終的にめざすゴールにたどり着きたい。

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☆では、私の6月度実践報告を

・減量、減塩、断酒
・万歩計242/500万歩
・ヘルスケア、フロア階(3u換算)11,860/20,000階(目標再修正)
・登山8/20回

・読書55/30冊
・英会話34/50回
・写経4,435/4,500枚(累計)

・大阪木村塾受講生 683/1800名

・益田市活性化への
「第一回マジックフェスティバル」
「デザイン思考講」

投稿者 Katsuo : 00:57

2016年06月30日

No.1725 「ダスキン近畿ネットワーク21」で講演

6月17日15時から吹田市にあるダスキン本部で「ダスキン近畿ネットワーク21」
定例会が開かれ、講演させていただいた。
潟_スキン近畿エリア加盟店の若手経営者・幹部の方々が集まる定例会。
4月に続いて2回目の講演だ。

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今回はBS経営の実践例としてマジックポット代表取締役・前田真孝さんをお連れして
その極意をお話しさせていただいた。
同社は2008年設立。
大阪梅田にある手品家梅田店ほか、本社のある広島ほか全国4店舗の直営店と
マレーシアを含むFC店4店舗を展開する。

高校教員を経てマジックバーの経営を始めた前田さん。
「マジックでは食えない」という世間の常識を覆すべく、
マジシャンを雇用して会社組織にし、マジシャンの地位向上と業界の発展を目指す。
BS経営に出会ったのは3年前。
店舗を増やして赤字経営に陥った前田さんが、私のところに相談に来られたのが始まりだ。

経営者には2つのタイプがある。
損益計算書(PL)の売上高を上げることに注力する単年度志向の「PL型」と
長期的視野でバランスシート(BS)の自己資本を積み上げる未来志向の「BS型」だ。

前田さんは典型的なPL経営者だった。
「エンターテーメントでマジックを世界に」と素晴らしい理念を掲げるが、
未来に対する数値目標がなかった。
そして、数字といえば関心があるのは現在の売上だけ。
売上が上がっても無駄な税金は払いたくないので節税に徹した。

BS経営は、バランスシート(BS)の自己資本を強くして盤石の財務基盤を築く経営だ。
同時に5年後、10年後のなりたい姿を描いて実現する未来ビジョンの経営でもある。
BS経営を学んだ前田さんは「2020年に上場、自己資本3億円」というBSビジョンを掲げた。

それから2年、BSビジョンの数字にはまだ及ばないが驚くべきことが起こった。
それは「人財と資金と情報」が集まってきたこと。
社内でBSビジョンを共有すると経営社員が育っていった。
それだけではない。前田さんのBSビジョンに共鳴して
一流企業や取引先銀行に勤めていた人が、会社を辞め、退職金を持って入社した。
さらに、このBSビジョンに金融機関からの融資や情報が集まった。

BSビジョンを掲げると、いまやるべき課題が見えてくる。
それが明確になると戦略が生まれる。

PL経営とBS経営の間には「税金川」という、あまり渡りたくない川が流れている。
しかし、納税は社会貢献の最たるもの。
税金川を渡ることで「公の力」が付けば、世の中からの恩恵が押し寄せる。
この川を渡った人のみが、新たなステージに立てる。
ビッグなBSビジョンは、人を惹きつけ、社会を味方に付ける。

「経営は右手に論語。左手にソロバン」。
明治時代の起業家、渋沢栄一も言っている。
ダスキンさんは創業者、鈴木清一氏の「道と経済の合一」を願う「祈りの経営」で有名だが
ここに「BSビジョン」という未来志向のソロバンを持っていただくと
その願いはさらに加速し広がるだろう。

懇親会は皆さんと同世代の前田社長に任せて私は失礼したが、
向上心の強い若い人たちと交わるとエネルギーがいただける。次回が楽しみだ。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 社員に経営感覚を身に付けさせるためにBS経営は非常に有効だと思いました。数字をオープンにするか否かについては悩んでいましたが、BSビジョンを共有するためにも検討します。
・ 私がやろうと思っていたことの着眼点を示していただいたので驚きました。先代の影響力が強く一気に変わることはできませんが、今は根回しの時期だと我慢しながら虎視眈々とできることから始めます。
・ 私は従業員ですが、会社に未来が見えないとモチベーションが保てません。BSビジョンを社員の夢として共有するという考えに共感しました。
・ 単年度で経営を判断することのもろさ、BSビジョンを示すことで長期的なビジョンをイメージさせ夢を与えることができるという所にBS経営の素晴らしさを感じました。まずは自分からBSビジョンを公言します。
・ 私はまだ経営を引き継いでいませんが、今の段階から会社をどうしたいかというビジョンを持ち、社員と共有したい。
・ ビジョンの共有、明確化が大事だとは気づいていましたが、ここまで本気で取り組んでいませんでした。「5年後自己資本1億円!!」気合いが入りました。
・ 「自己資本を殖やす、税金を払う、社員の成長と安定」。BS経営は素晴らしい。会社に戻り、夢の日付を付け、ビジョンを語ります。
・ 数字を入れたビジョンをつくり計画を具体的に進めていける組織を目指します。
・ 創業者から「キャッシュフローがすべてだ」と教え込まれ、無借金経営を続けていますが、発展性がないようにも思っていました。BSビジョンを語り、社員と共有し実践することで夢が実現する。一つの道が見えました。
・ 私も完全にPL型社員でした。考え方が変わりました。10年後、20年後の未来を数字入りの言葉で計画し実行することが大切だと感じました。
・ BSの考え方を持ち、「いつまで」という明確なプランを立てて実行する。数字が戦略をつくる。それが未来へと導いてくれると思いました。

投稿者 Katsuo : 00:09

2016年06月24日

No.1724 木村塾パワーアップセミナー「あなたにとって幸せとは?」

6月21日 大阪市北区にある手品家梅田店で第1081回パワーアップセミナーを開催。
テーマは「あなたにとって幸せとは?」

パワーアップセミナーは当り前すぎて普段は意識しないようなテーマが出るので面白い。
今回もまさにそうだ。
プレゼンテーションを通して、改めて幸せとは何かを考えるきっかけになった
という参加者が多かった。

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色んな幸せの形があった。
「笑顔あふれる環境が自分にとっての幸せ」
「社員さん、お客さんから頼りにされるのが幸せ」
「家族との何気ない時間が幸せ」
「人間関係が充実していることが幸せ」
「人に与えられることができる状態が幸せ」
「家族が幸せであることが幸せ」

人は一人では生きられない。つくづく幸せとは人との関わりの中でつくられるものだと思う。
こんなことを話した方があった。
「振り返ると今まで多少の不満はあったりしたが「不幸」と感じたことはない」。

私もそう思う。
父親が亡くなった時、いよいよ食えなくなってメシの種を探しに大阪に出た時、
取引先に切られた時…色々あったが、それを不幸だと思ったことはない。
くよくよ思い悩む暇もなかったというのが実感だ。
『逆境に勝る師なし』という本を書いたが、自分では一度も逆境など思ったことはなかった。
あれは本屋さんが付けたタイトルだ。「こう書かないと売れませんよ」と(笑)。
しかし、今となっては、それもすべて自分に与えられたステージだと思うし
このステージが今をつくった。
感謝すら覚える。

この日本に生まれて十分すぎる人生、幸せすぎる人生を送らせてもらった。
見渡せば本当にチャンスだらけだ。
日本ほどビジネスがしやすい国はない。
だから、自分がいただいた恩を世の中にお返ししたい。
このようなセミナーを通じて皆さんの起業家魂を引き出していきたいと思っている。

かといって、日本人全員が起業家になればいいとは思っていない。
ただ、人口の5%くらいの割合で起業家が登場しないと国は衰退してしまう。
まだまだ日本には起業家が足りない。

何を幸せと感じ、何を求めるかは人さまざまだが
ここに集まる皆さんには、ぜひ、自分のステージを活かすことを考え、実践してほしい。
やったらやっただけ必ず「経験」か「お金」が儲かる。
何もやらない人は、何も儲からない。

皆さんには自ら逆境(ステージ)を作るような気概を持ってやっていってほしい。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 改めて自分にとって幸せとは?今後どうすれば幸せになれるかという課題に直面できました。十人十色の幸せを聞くことができて面白かった。
・ 幸せとは愛し愛されて認められ、いろんな形があることを再確認できました。今後もっと幸せになるにはどうしたらいいかを考え、そこから成長したいと思います。『生き様は死に様』。祖父が亡くなった時に父が言っていた言葉です。
・ 幸せとは結局、人に与えて自分が満足できることだと。人間関係の悪い人は幸せとは程遠いと思った。
・ 改めて聞かれて回答に困りました。それを意識して生きていた訳じゃなかったんだということに気付きました。「振り返った時に幸せだったという」Kさんの言葉になるほど、と思いました。テーマを与えられて話すのは大切だし、楽しい。
・ 周りの人の意見を聞くことで、自分の中で眠っていた感情が発見できてよかった。
・ 話し手は聞き手の目を見て話さないと伝わらないと実感た。

投稿者 Katsuo : 00:22

2016年06月22日

No.1723 木村塾やってみよう会6月度例会@

6月14日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第87回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の発表者は長谷川夕起さん。この春、6 年間勤務した大手企業を退社して起業された。

創業した「way u(うぇい)」は、「セミナー・コンセルジュ」でもある長谷川さんが
セミナーを開催したい人に対してコンサルティングや運営支援事業を行う。
一方、並行して長谷川さんを含めて仲間4人と中小企業経営者や個人事業主が
安心して暮らせるコミュニティを目指す「so 咲(ソーサク)」を設立。
「人の役に立ちたい、困っている人に寄り添いたい」という視点から
ビジネスと社会貢献の2本柱で新事業を展開する。

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1984年、サラリーマン家庭の長女として西宮市で誕生した長谷川さん。
生後間もなく原因不明の川崎病に罹り、九死に一生を得たこともあって
ご両親は長谷川さんをひときわ慎重に育てた。
小さい頃は、外遊びが好きで怖いもの知らず。人前に出るのも大好きだった。
しかし、乳児期の病気を理由に運動を制限される環境に置かれた。
大人になっても引きずる「積極的なのに引っ込み思案」という性格は
そんな乳児期体験が影響している。

小学校2年の時に神戸市内に転校。
かわいくて勉強のできる西宮の山の手のお嬢さんは、クラスの人気者になった。
長谷川さんは学校でも家でも自分を押し殺して期待に応え、いい子を演じ続けた。
ただ「自分のことは自分で決める」。
とくに進路に関しては親に相談したことはなかった。

転機は高校時代。入学したのは県内からツワモが集まる有数の進学校。
今までのようにがんばっても中間止まり。どうしても上には登れなかった。
「でも、はじめてロボットから人間になれた気がしました」と振り返る。

ちなみに長谷川さんのお父さんは勤め人だったが、母方のお祖父さんは台湾出身の起業家。
その他の親族もほとんどが自営業。
逆に「いい学校に入って、いい会社に勤める」コースを着実に歩む長谷川さんに対して
親戚中から期待が寄せられた。
卒業後、第二志望校ではあったが兵庫県立姫路工業大学の工学部に入学。
「親に頼るばかりでは」と、ハンバーガー屋でバイトするとすぐに貯金が貯まった。

大学3年になり家を出て学校に近い姫路で下宿を始める。
バイト先もホテルの配膳の仕事に変わるとますます貯金が増えた。
「使う目的もないのにひたすら貯金が増えるのが楽しみでした」と笑いを取る。

大学院に進み、好きな解析や分析の仕事ができる神戸製鋼の関連会社に就職。
しかし、入社早々、希望とは反する神戸製鋼の別機関に出向となり粛々と仕事を続けた。
給料もよく、趣味のダンスや旅行、エステにと出費してもお金が貯まった。
ある時、貯金利息の低さから「もっと殖やし方があるのでは?」と気付いた。
将来への備えも含め資産運用に興味を持ち株式投資を始める。
一時はそれで生活をする考えもよぎったが、さすがに現実的ではなく勤めを続けた。

「何か違う。私の人生はこれていいのだろうか」
入社時からずっと抱いていた疑問が、6年目にして限界にきた。
木村塾に参加し始めたのもそのころだ。
環境を変えたくて社外の外たちと交流を始めると、
本来の好奇心旺盛な自分を押し殺していることに気付いた。
「失敗したくなくて無難な道ばかり選んできた。変化を嫌って今まで逃げてばかりいた」。

退職を決意した長谷川さんが真剣に自分と向き合う中で辿り着いたのが、この結論
「人と関わって人の役に立つ仕事をしたい」。
あふれるように起業のアイデアが沸き、起業にこぎつけた。

経営とは、世の中の人・もの・お金を使って、それを10倍にも100倍にもして
再び世の中に還元することだ。
長谷川さんの発表の中で「資産運用」という言葉が出たが、
会社経営において資金調達と資産運用は、ビジョン実現に向けた戦略の要となる。

たとえば1000万円の資金(資本金)があったとする。
これを元にビジネスをすれば、どれくらいの利益が出せるだろう?
私の経験だと平均的な運用益は年5%ぐらいだ。年50万円の利益をつくれる。
仮にこの1000万円を全額融資に頼ったとしても、今なら年2%程度の利息で調達できる。
ならば20万円の利息を払って50万円儲けられたら30万円が手元に残る。
元手が1000万円で30万円なら、1億だと300万、10億ならば3000万円のプラスになる。

決算書のBS(バランスシート)は経営者の通信簿。
BSの自己資本はいわば会社の貯金。
そして、この貯金を使って、いくら利益を出せるか。それが経営力というものだ。
自己資本1000万円、つまり会社の貯金が1000万円あれば、1億円の融資が受けられる。
会社経営において資金調達は借金ではない。いかに資金調達をして資産運用をするか。
お金そのものを働かせることに注力したい。

起業に当たって長谷川さんは、事業計画書を携え銀行に融資を求めたという。
しかし、結果はアウト。
事業計画がまだそこまで固まっていなかったことが原因かもしれない。
しかし、この行動力は素晴らしい。
失敗と成功は同じラインにある。
成功の反対は失敗ではなく、やってみないことだ。
動き出した長谷川さんは確実にゴールに向かって近づいている。

「会社員じゃないと暮らしていけないと思っている人は多いと思いますがそうじゃない。私が先陣を切って証明したい」。
最後に個人事業主である長谷川さんは「貯金」という形で、10年後のビジョン目標を公言した。

大企業という、安心安泰の「箱」から飛び出て起業家の道を選んだ長谷川さん。
もちろん、箱の中で終える人生も悪くはない。
しかし、世の中の人全員が箱の中に入っていたら、社会は進化しない。
人口の5%くらいは、箱から飛び出て新しい事業を興していかないと日本は滅びてしまう。

会場にはご両親の姿があった。
「この会は自己開示の最高の場。勇気を奮って発表して一皮むけた気がします。
これまで心配をかけてきた両親に対して感謝を伝えられました」。
晴れ晴れと話す長谷川さん。
まだ31歳。勇気ある一歩を踏み出した女性起業家に大きな拍手が送られた。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 「妥協を知る」「変化を恐れる」「逃げていただけ」自分とすごく似ているところがあると思いました。ただ、行動力には尊敬の念を抱きます。刺激になりました。
・ 「数字は戦略。言葉を生む」「お金を働かせる」「会社の役割は@雇用を生むA税金を払うB社会の役に立つ事業を行う」今回の気付きを今後の活動に活かします。
・ 人のために何かをする。それは人を気遣うことができるから。ビジョンが決まれば後は走るだけです!! 共に学び共に成長しましょう。
・ 赤裸々な半生の振り返り。心に響きました。
・ 長谷川さんの生き様で一貫していたのが「変わること」。その「変わること」について考え、苦しんできたことが伝わりました。その中で「やりたい」と思えることを見つけ、進めていく姿が素晴らしい。
・ 「社会のためになる会社が人をつくる」しっかり心に刻みます。
・ 退職することを考えて株をするとか将来を見据えた長谷川さんの行動力がすごい。変化を嫌う人生と語っていたが、結果的には若いときから培った行動が今の長谷川さんをつくっているのだと思った。
・ 若者同士一緒になって力を合わせて日本を盛り上げたいと思った。
・ 自分のことを発表する勇気、それと行動力がすごい!
・ 長谷川さんの人が好き、人のためになりたいという気持ちがビジョンに反映されていることに感銘を受けた。

投稿者 Katsuo : 00:30

2016年06月10日

No.1722 大阪木村塾BS経営セミナー 6月度開催

6月7日 大阪市北区にある手品家・梅田店で大阪木村塾BS経営セミナーを開催。
今回は会場でもある手品家を展開するマジックポット代表取締役
前田正孝さんをゲストに迎え、BS経営の極意をお伝えした。

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前田さんは高知大学を卒業後、高校教員を経て2008年に同社を設立。
「マジシャンでは食えない」という世間の常識を覆すべく、
マジシャンを雇用して会社組織にし、マジシャンの地位向上と業界の発展を目指す。
現在7期。社員23名を率い、全国4店舗とマレーシアを含むFC店4店舗を展開する。

原点は小学校時代にテレビで見たマジック体験。感動した前田さんは
録画したビデオを見て習得し、家で披露したところお父さんが驚嘆して誉めまくった。
その成功体験が「超絶プラス思考」の前田さんを育てた。

BS経営に出会ったのは3年前。
「店を増やし売上は上がっているのに、キャッシュがない」。
挙句は3,000万円の赤字経営に陥った前田さんが、拙著「BS経営のススメ」を読んで
私のところに相談に来られたのが始まりだ。

「経営は右手に論語。左手にソロバン」。
明治時代の起業家、渋沢栄一の言葉だが、数値目標のない理念だけでは、経営はできない。
「エンターテーメントでマジックを世界に」という理念を掲げる前田さんには
未来に対する数値目標がなかった。
「数字といえば現在の売上だけ。しかも売上と利益は同じものだと考えていたくらい。
売上げが上がったけど無駄な税金は払いたくないので社内旅行にラスベガスへ出かけたら
後で請求書が来てえらいことに(笑)。そんなレベルの経営者でした」。

BS経営は、バランスシート(BS)の自己資本を強くして盤石の財務基盤を築く経営だ。
同時に5年後、10年後のなりたい姿を描いて実現する未来ビジョンの経営でもある。
BS経営を学んだ前田さんは「2020年に上場、自己資本3億円」というBSビジョンを掲げた。

セミナーでは創業以来の決算書を開示し、
BS経営導入後、ここ2年間の変化について話した。
その中で起こった「凄い変化」の一つが人財。
一流企業や取引先銀行に勤めていた人が、前田さんのBSビジョンに共鳴して会社を辞め、
しかも退職金を持って入社したという。それが征矢副社長と財務担当の小原さん。

優秀な人財を仲間に引き込んだことで運営が飛躍的に前進すると共に増資もできた。
社内でBSビジョンを共有すると経営社員が育っていった。
さらに、このBSビジョンに金融機関からの融資や情報が集まった。

一方「BSビジョンを掲げる最大のメリットは、いまやるべき課題が見えてくること。
BSビジョンの数字にはまだまだ及びませんが、目標に到達するために
何をやらなければならないか。何が足りないか。それが明確になると戦略が生まれる。
まずはビジョン実現に向けて、銀座出店と梅田店をシアター会場にリニューアルします」と話す。

現在ショー、マジシャンの派遣、グッズ販売、社会貢献の4事業を展開するが、
新分野としてマジックとエデュケーション(教育)、コミュニケーションを合わせた
「マジケーション」に乗り出す。
名付けたのは、手品家にも出演する世界級のマジシャン、セロだという。
「できるからするんじゃない。するからできる。それが私の哲学」
前田さんは言い切った。

経営者には2つのタイプがある。
損益計算書(PL)の売上に終始して税金を払いたがらない「PL型」と
しっかり税金を払ってでもバランスシート(BS)の自己資本を積み上げる「BS型」だ。
両社の間には「税金川」という、あまり渡りたくない川が流れているが
納税は社会貢献の最たるもの。
税金川を渡ることで「私利私欲」から「公利公欲」の経営者に変わるはずだ。
「公の力」が付けば、世の中からの恩恵がドドッと押し寄せる。
この川を渡った人のみが、新たなステージに立てる。
ビッグなBSビジョンは、人を惹きつけ、社会を味方に付ける。

この春、新たに「もっと多くの人をもっと喜ばせたい」という理念を掲げた前田さん。
BSビジョンの力を得て必ず夢を実現させるだろう。
会場は前田さんの超絶プラス思考の空気に包まれた。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ マジシャンの社会的地位向上という前田社長の強い、熱い信念がひしひしと伝わってきて説得力がありました。無限の可能性があるマジックにはインバウンドも東京オリンピックもチャンスにあふれていますね。
・ BSビジョンに人が引き寄せられる。人生理念も本当に素晴らしい。人間的魅力にあふれ話を聞くだけで元気になります。
・ とても勉強になりました。すごく刺激になりました。上がったモチベーションを継続できるようBS経営をもっと学びたい。
・ 「未来ビジョンを見て今、しなければいけない行動、必要なことをする」。「やったことしか残らない」とにかく響きました!
・ 将来どうなっていたいのか。そのためには今どうするべきか、何をするべきなのか。具体的なビジョンがあることで自分の考え、意思が変わり、周りも変えるということが分かりました。
・ 「BS経営を知って頭の中が変わり、未来が変わった」「私(社長)の言葉が変わったら社員がついてきた」という話に感動しました。
・ PLとBSの違いについて大変大きな気付きがありました。
・ 皆が隠したがるお金のことをきちんと表に出して明確にビジョンを持たないとダメだと気付きました。
・ マジックポットはマジックに特化したBS経営により株式上場も期待できる会社だと思いました。
・ これだけ大きな劇場もあって経営状況は順調だと思っていたのですが、その後ろには大変な努力をされている話を聞いて勇気づけられました。私もやろう、チャレンジしようと思いました。
・ 数字を入れたビジョンが夢を現実化して、アクセル全開で頑張れば必ず誰かが応援してくれる。素晴らしいですね。
・ 技術もあるが一番は前田社長の根本にある想いなのだと思う。普段からの思想、行動がとても表れていた。社員としてこの会社にいて本当に良かったと思った。社長、凄い!

投稿者 Katsuo : 00:45

2016年06月02日

No.1721 2016年5月度 実践目標の進捗報告

梅雨入りを前に爽やかなお天気が続いています。
みなさんはいかがお過ごしでしょうか?

さて、転倒による怪我で病院の中からスタートした今年だったが
先月の京大病院での検査でも大きな問題はなく、快調な日々を送らせてもらっている。

今年掲げたテーマの一つである「減量、減塩、断酒」。
中でも減塩と断酒を実践しているが、その成果は絶大だ。
何しろ50歳を過ぎて、昨年までは150以上、高いときは170あった血圧の数値が
グンと下がり、最近では130台をキープしている。

減塩食はさぞかし大変では? と、よく聞かれるが、あにはからんや。
麺類のスープを飲むのを止めたことと、外食を控えて家めしを食べている程度。
それだけで健康になれるわ、家内も喜ぶわで、一石二兆だ。
益はあっても悪いことは何もない。

また、転倒以来、過度な運動も禁止されたため
アスレチックの代りに階段昇降を始めたが、これがまた絶好調だ。
行き先々でエスカレーターを避けて階段を上っている。
先月はフロアに換算すると1日平均100階くらい登った。
六甲山をフロア換算すると約200階だから、2日に1回六甲登山をしていることになる。
我ながら良く頑張っているなあと、この足を労ってやりたくなる。

若い頃は食生活や健康について考えたこともなかったが、
あらためて健康であることのありがたさと大切さを実感する今日この頃だ。

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☆では、私の5月度実践報告を

・減量、減塩、断酒
・万歩計207万/500万歩
・ヘルスケア、フロア階 8770/10000階(目標上方修正)
・登山8/20回

・読書44/30冊
・英会話25/50回
・写経4328/4500枚(累計)
・大阪木村塾受講生 585/1800名
・益田市活性化への
「第一回マジックフェスティバル」
「デザイン思考講座」開講

投稿者 Katsuo : 00:42

 

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